安全安心まちづくり政策

* 安全安心まちづくり政策とは? その1
 <2007-11-01 人権大会監視社会シンポジウム>
 12:30から、浜松市「アクトシティ浜松」で、日弁連主催の人権大会が開かれました。私は、第1分科会「市民の自由と安全を考えるー9.11以降の時代と監視社会」の実行委員として、約20分間基調報告を行いました。

 基調報告書は500頁以上にのぼる大部なもので、テロ対策・防犯対策という安全・安心を目的として市民の自由を制限する政策が進む中で、その歯止めが必要ではないか、どこで折り合いを付けるべきか、等を検討したものです。

 私が当日報告を行ったのは、そのうち第3編の「安全・安心まちづくり」政策についてです。

 これは、いわゆる生活安全条例や、これを中心とした市民による防犯パトロールなどの運動について検討したものです。概要は以下の通りです。

 その柱は、大きく分けると3本になっています。

 1つ目は、ゼロ=トレランス政策であり、軽微な社会秩序違反を放置せず、重大犯罪同様に徹底的に取りしまることです。

 2つ目は、コミュニティ・ポリシングであり、「地域は、地域住民自身が守る」として、住民や自治体を警察の防犯活動に協力させるものです。

 3つ目は、環境設計による犯罪予防という考え方です。これは、人間は監視されていなければ犯罪を犯すということで、誘惑の隙が起こらないよう、街角から死角をなくしたり、監視カメラで監視する必要があるという考え方です。

 1つ目の柱について、2002年に制定された大阪府安全なまちづくり条例では、それまで何ら問題とされていなかった迷惑行為を、犯罪にして取り締まることにしました。

 公共の場所や公共の乗り物で、鉄パイプ、バット、木刀、ゴルフクラブ、角材その他これらに類する棒状の器具で、人の生命・身体を害するように使用されるおそれのあるものを持った人は、持っているだけで犯罪者になります。

実際に検挙された事例を見ると、わずか27センチのトレーニングスプリングを持っていただけの少年も、それだけで犯罪者として検挙されています。

 公共の場所や乗り物でなく、自分の乗っている自動車に乗せていただけの人も、次々に検挙されていきました。

 今年施行された神奈川県迷惑行為防止条例では、さらに進んでいます。

 木刀などを、「不安を覚えさせるような方法で携帯する行為」を処罰します。迷惑ビラなどを配布目的で所持するだけで処罰されます。実際に人が不安を覚えたり、迷惑に思ったりしなくても、検挙されてしまいます。

 2つ目の柱のうち、住民からの警察活動への参加として代表的なものは、パトカーそっくりの格好をした青パトと呼ばれる自動車を利用した不審者捜しのパトロール活動があります。

 警察や自治体の主導で、このような活動に参加する住民はどんどん増えていて、2003年に18万人弱だった参加人数は、2006年には、約165万人になっています。

 不審者捜しは、特定のグループの市民を、社会から排除し始めています。

 2006年1月の朝日新聞の記事によると、医師から自閉傾向があると診断された28才の男性Bさんは、陶芸教室や、水泳、絵画教室等に通っていました。子どもが好きで、道で見かけるとほほえんでみたり、にこにこしながら独り言を言ったり、ぴょんぴょん跳ねる癖があります。そのため、最近、近所の住民の4人でBさんの家に来て言いました。「見つめられて子どもたちが怖がっている。何とかできないか。」Bさんは、水泳教室等に通うことができなくなりました。

 奈良県では、2004年11月に起こった女児誘拐殺人事件を受けて、「子どもを犯罪の被害から守る条例」が制定されました。近くに保護者のいない子どもに、公共の場所などで言いがかりを付けたり、つきまったりすることを犯罪として処罰する条例です。

 この条例が公布されたことが大きく宣伝された翌日、この条例が施行される前に、Iさんは、幼児に誘拐するぞと声をかけたとして脅迫罪で逮捕され、起訴されました。この方は、近視と乱視があったため、黒いサングラスをかけていました。母親の近くを離れ、走り出した幼児が心配になって、思わず手をさしのべてしまいました。しかし、母親は、黒いサングラスの男が、自分の子どもに手を伸ばすのを見て、不審者だと思いました。幸い無罪判決が出ましたが、社会生活上の支障はたいへんなものでした。

 今日からわずか1ヶ月前の、今年の9月25日、佐賀市内の授産施設から帰宅していた知的障害を持つYさんは、5人組の警察官から取り押さえられ、意識を失って死亡してしまいました。Yさんが死亡する経過についての警察の説明は2転3転し、十分な説明をしていませんが、はじめに2人組の警察官が職務質問をしたこと、Yさんが手錠をかけられたこと、5人組の警察官から取り押さえられた結果、意識を失ったことは間違いがありません。

 最後に、3つ目の柱との関係で、監視カメラの設置について見ていきます。警察には、膨大な市民情報が集中します。

 Nシステムは、高速道路や主要幹線道路に、全国で約1000箇所に設置されている、通過車両のナンバープレートを読み取る監視カメラです。運転手と助手席の顔も読み取ることができます。警察は、情報が、一定期間後消去され、長期間保存されることはないと主張しました。しかし、2006年3月に、愛媛県警のひとりの警部のパソコンに、7年前のNシステムのデータが大量に保管されていることが分かりました。Nシステムには、これを管理する法律がない上、警察によっていったいどのように利用されているのか、市民には全く知らされていません。

 安全・安心まちづくり政策とはいったいなんでしょうか。

 警察は、不審者情報を送信し続け、監視カメラを張り巡らす社会が安全で安心なんだよと説明しています。多額の税金も投入されて、このようなまちづくりはどんどん進んでいます。

 しかし、何が安全で、何が安心なのか、その中身を、警察が決めていいのでしょうか。逆に、安全と安心の敵を、警察が決めていいのでしょうか。

 結果として、障害者や外国人を、不審者として地域社会から排除してしまうのは仕方のないことでしょうか。

 最近は、公安警察によって、通常は検挙しないようなビラの配布行為をあえて検挙する事件が増えています。その対象は、政府の批判をする市民や団体にだけ向けられています。間違っても、ピザ屋さんのチラシを配布する人や、与党のためのビラを配布する人に向けられることはありません。

 権力批判をする人だけを取り出して、危険人物だという評価を下す警察を頼った運動は、いつのまにか警察が危険人物だという市民を監視する危険はないでしょうか。

 住民が一丸となって不審者捜しをし、隣の人を警戒する社会になって、市民社会は本当に安全で安心になるのでしょうか。

 警察は、現に起こった犯罪を事後的に捜査することを本来の職務にしています。将来犯罪を起こすかもしれない人を事前に捜査することは認められていません。犯罪が起こる前から、犯罪予備軍としての不審者を捜し回る活動を開始し、それに市民や自治体も積極的に関与する活動は、市民を分断し、不信社会を作り出します。

 市民の情報をどんどん集め、その利用方法や管理方法を一切秘密にし、嘘までつく警察の情報を公開し、行政機関の個人情報の管理状況を、市民が監視できる制度が必要不可欠ではないでしょうか。

(弁護士武藤糾明)

* 安全安心まちづくり政策とは何か? その2

<2008年4月13日 住基ネット差し止め訴訟支援集会>
 午後1時30分から、早良市民センターで、住基ネット訴訟を進める会の集会及び総会が行われました。

 私は、昨年の日弁連人権シンポでの報告(2007.11.1)に、若干その後の動きなどを付加したパワーポイントとビデオでのプレゼンテーションをしました。

 その後の動きとしては、昨年12月に制定された、福岡県安全安心まちづくり条例や、中洲への監視カメラの設置があり、また、この間公表されたものとして、イノベーション25があります。

 以下、実際に付加した原稿です。

 昨年6月に閣議決定された、イノベーション25という政策があります。これは、2025年に、日本が達成したい理想の将来を描いたものだそうです。

 3次元顔画像データベースによる照合システムや、通学する子どもの位置確認・不信人物の認知などのための技術開発が目標とされています。

 従って、ICタグによる子どもの登下校管理も、今後ますます公金が投入されて普及し、20年後には、ごく当たり前の風景になっていることでしょう。

この政策を進めると、「生活環境の随所で、センサによる自動認識・自動監視等が行われ・・・子ども、高齢者、障害者はあたたかい「みまもり」と「自助・共助」のあふれる社会」で、安全な生活を送れるそうです。

この政策は、安倍政権の所信表明演説に盛り込まれた公約のひとつだそうで、かけ声だけは、さすがに美しいですね。

監視社会化を防ぐための提言を示します。

心が恐怖や不安でたまらなくなったら、一呼吸置きましょう。不安な感情を、理性で検証しましょう。

「その対策が、今何よりも必要ですか。」

「その対策は、本当に有効ですか。」

 警察庁が平成18年に公表したデータでは、路上で子ども(13才未満)が殺された事件は、年平均約4件にすぎません。これに対し、子ども(13才未満)を、家族が殺す事件は、年平均85件です。その多くは虐待です。そして、子ども(15才以下)の、交通事故死亡者数は、最近は減っていますが、年平均363人です(「子どもが出会う犯罪と暴力」森田ゆり、NHK出版p14~29)。

 登下校時に通り魔に殺される子どもよりも、虐待で殺される子どもが20倍多いのです。交通事故でなくなる子どもは、100倍近い数です。

 あなたの不安な気持ちは、これと同じ比率ですか。

監視カメラについては、ほとんどの人が有効だと考えています。今や異論を唱える人は少数かもしれません。でも、本当にそうでしょうか。

横須賀の米軍基地前の商店街では、米兵の強盗殺人事件をきっかけに、通報ボタンつきのスーパー防犯灯という監視カメラを設置しました。でも、近くの飲食店に勤める29才の女性は言います。「そんなカメラ、あるんですか?ボタンを押して数秒で警察が来てくれるならうれしいけど、そうでないなら、あまり意味ないかも。」

 2年間で通報ボタンが押されたのは33回で、うち訓練が3回、いたずらが29回、「近くに酔っぱらいがいる」という通報が1回で、これですべてです(東京新聞)。

全国に420万台の監視カメラを設置している監視社会大国のイギリスで、内務省が調べた結果によると、駐車場に設置した監視カメラは、車上ねらいなどの犯罪を減少させましたが、街頭の監視カメラは、犯罪場所を移転させているだけで、全体としての犯罪は減少させていません。

 子どもが通り魔に殺されることは、あってはならないことです。しかし、虐待で家族から殺されることも、交通事故で命を亡くすことも、あってはならないことです。

 今、160万人以上が、子どもの登下校を見守るなどの活動をしているそうです。でも、そのエネルギーは、家庭内の虐待や、交通事故の危険が大きい交差点の見守りなどの、もっと子どもの命を脅かすことに向けて考えられたことはあるでしょうか。

 通り魔という、ショッキングで恐怖という強烈な感情で心がいっぱいになることだけを、まちづくりの中心に据え、全国民をも巻き込もうとする大運動に発展させることのメリット、デメリットを、理性で再検討する必要はないのでしょうか。

 ちょっと、待て。感情を理性で再検討する、コントロールする方が、人間らしいのではないでしょうか。

*その他、監視社会化を進める社会の動きについて
(弁護士武藤糾明のブログより)
* 2008-08-06 グーグルのストリートビュー
 産経新聞で、「ラブホテルから芸能人の自宅まで グーグル『ストリートビュー』」という記事が配信されました。

 この記事によると、以下の通りです。

 ネット検索最大手の米Google(グーグル)社が提供しているオンライン地図サービス「Google マップ」日本版に、話題の「Street View(ストリートビュー)」機能が追加された。同社が事前に撮影した東京、大阪、仙台、札幌など12都市について、画面のパノラマ写真を360度回転操作しながら、文字どおり街路を歩いて風景を楽しむ感覚の“仮想散歩”機能である。米国では昨年5月サービスが開始されたが、偶然写り込んだ人物のプライバシーについて問題視された。今回の日本版では、米国に比べ特殊な社会構造を背景に、いわゆる身元調査や警察・選挙運動に悪用される恐れがある。

 グーグル側の説明は、以下の通りで、問題があると思われます。

 2007年6月5日のEUのネット記事で、アメリカの5都市で、通行人を見ることのできるグーグルのストリートビューが始まり、EUでは違法となりうると言う記事が出ていました。http://www.theregister.co.uk/2007/06/05/google_street_view_legality_in_europe/

 まさか、こんなに早く日本で導入されるとは思ってもみませんでした。

 個人情報保護法がザル法だと言うことを、本国が見透かしているように思いました。

 河合氏は、画像の公開にあたっては「法律的に検討した結果、公道から撮影したものであれば、基本的には公開して構わないと考えている」と説明。また、不適切な画像については、ストリートビューのヘルプ画面に「不適切な画像を報告する」というリンクが用意されているため、ここからユーザーからの連絡を受けて対処を行うことで対応していきたいと述べた。

 撮影地点については、「撮影する道路は公道からに限っており、私道や敷地内に入っての撮影はしていない」と説明。また、映っている人の顔については自動認識によりぼかし処理を行っており、米国では車のナンバープレートなどについても一部処理を行っているが、日本では解像度の問題でほとんど識別できないと思われるため、現時点では顔以外には自動的な処理は行っていないとした。

 昨年のアメリカでのストリートビューを記事を絡め、昨年の人権シンポでは、監視カメラ問題に関する問題点について、以下のように指摘しました(私の担当箇所。基調報告書p194)。

 (9) ホームページ上から自由自在に閲覧できる街頭監視カメラ(いわゆるweb-camera)

すでに検討した歌舞伎町の監視カメラのうち、商店街の設置にかかるものについては、協同組合新宿専門店会のホームページにアクセスすれば、24時間歩道や車道の人や車両の動きが把握できる体制が採られている。http://www.shinjuku.or.jp/html/livecamera/index.html

 ビルの7階からの映像と言うこともあり、通行人が逐一誰か認識できるほどではないし、ホームページからはズーム機能は使用できないようになっているため、これが直ちに個人識別情報を収集しているものとまではいえない。しかしながら、ズーム機能により、個人を識別できるようにすることも容易であると考えられるのであるから、そのような場合においては、通行する歩行者への同意なしの撮影を行うものとして違法となる可能性が高い。

 なお、このような、街頭の監視カメラの映像は、全国に数多くあり、その中には、ズームアップ機能が付されている上に、ホームページからカメラの向きやズームアップ機能などについて指令を出すことのできるものもある。http://www.wcmap.net/pc/index.html

ここでは、設置場所として、①公道、公園など、一般人が本来自由に行動することが許されている公共の場所であるとともに、設置主体として、直接は②もっぱら不法行為の成否をめぐって権利侵害が問題となる私的団体であるものの、そもそも防犯目的ですらなく、プライバシーを制圧するに足りるだけの具体的な対立利益が存在するのか否かに根元的な疑問がある。

このようなカメラは、web-cameraと呼ばれ、国際的には数年前から問題とされてきた。

 2007年6月4日のIT media Newsによれば、「Googleが導入した新しいオンライン地図サービスについてプライバシーの懸念」との見出しで、以下の記事が配信されている。

 「サンフランシスコでは、通りの角に鼻をほじっている男性がいる。スタンフォード大学には、ビキニで日光浴をしている女子学生たちがいる。マイアミには、中絶医院の外でプラカードを掲げている抗議団体がいる。その他の都市でも、アダルト書店に入っていく男性や、ストリップクラブから出てくる男性の姿が見える。

 この機能は高解像度写真を提供し、ユーザーは街の通りを歩くように360度でリアルに景色を見られる。

 だが、恥ずかしい場面や不名誉になる場面が映っているかもしれないことから、Googleは世界をもっとアクセスしやすくするための最新の取り組みで行きすぎてしまったのではないかという疑問を招いている。」

家の中にいても、窓を開けていればプライバシーが開かれているとして、捜査機関による同意なしの写真撮影が許容されるアメリカと異なり、判例上、街頭のデモ行進を行っている者でさえ肖像権が手厚く保護されてきたわが国において、このような事態を招くことが当然に許容されるものとはとうてい考えられず、適切な設置・運用の基準が法定される必要がある。

 ストリートビューの試みは、日本におけるプライバシー権保護が、どの程度のものか、を問う挑戦状とも言え、これに対する批判がどの程度的確になされるのかが問われることになります。

* 2008-06-20 法と民主主義6月号 

 法と民主主義という雑誌の2008年6月号で、「サミットと『テロ対策』」という特集が組まれました。目次は以下の通りです。

02 ◆特集にあたって………………………………………清水雅彦

04 ◆グローバリズムのなかのサミットと「テロ」問題…小倉利丸

12 ◆洞爺湖サミットと昨今の政府・警察の「テロ対策」………………清水雅彦

17 ◆最近の「テロ対策」と刑事法………………………新屋達之

23 ◆近時の出入国・在留管理体制の強化と国際的なデータ共有の現状               …………………難波満

29 ◆市民の自由奪う「監視」の重層的強化─北海道における「テロ対策」の実態    …………………………………安藤健

34 ◆アメリカ合衆国における「テロ対策」の動向……木下智史

38 ◆テロ規制と監視を強めるイギリスの動向…………田島泰彦

42 ◆ドイツのテロ対策法制について……………………武藤糾明

 最後に挙がっている私の文章は、昨年の日弁連人権大会シンポの成果としてのドイツ視察の結果について、改めてネット検索などの結果を付加して整理したものです。福岡大学名誉教授の石村善治先生に全面的にバックアップして頂きました。

 ドイツ連邦憲法裁判所は、その後もさらに有意義な違憲判決を連ねています。新たに発見して紹介した判決は、以下の通りです。

 ドイツでは、次々と違憲判決が出され、憲法の番人としての裁判所がその役割を十分に自覚しており、間違いなく法の支配が機能しているといえます。

* インターネット秘密監視違憲判決(石村善治仮訳)

連邦憲法裁判所は、2008年2月27日、州憲法擁護庁に対し、技術的手段を用いた貯蔵メディアに対する内密のアクセスなどのインターネットの内密の監視等を認めたノルトライン・ヴェストファーレン州憲法擁護法5条2項11号を、基本法2条1項、合わせて1条1項、10条1項及び19条1項2文に違反し無効とする判決を下した。

 その理由として、一般的人格権には、情報技術システムの信頼と完璧を求める基本権が含まれることを前提とし、情報技術システムの利用の監視や貯蔵メディアの探索が可能な内密のアクセスが憲法上許容されるのは、極めて重大な法益に対する具体的危険の現実的根拠が存在する場合だけであり、その場合も原則として裁判官の令状の留保のもとに置かれるべきであり、中核領域を守る予防措置がとられていなければならない等としている。

 * 自動車ナンバーの自動読み取り(スクリーニング捜査)違憲判決

 連邦憲法裁判所は、2008年3月11日、ドイツ版Nシステムともいうべき自動車ナンバーの自動読み取りを違憲とした。

その理由として、以下の点などが挙げられている(以下、實原隆志訳)。捜査記録と照合することを目的として自動車登録ナンバーを自動的に認識することは、その比較が即座に行われず、そしてナンバーがその他に利用されないにもかかわらずすぐに痕跡を残さずに削除されない場合には、情報自己決定の基本権(基本法1条1項と結びついた2条1項)の保護領域を侵害する。自動車登録ナンバーを照合する捜査記録について法律上詳しく定義することなく、単に目的を挙げるだけでは、規範の特定性の要請を満たさない。自動車登録ナンバーを自動的に認識することは、手がかりもなく行われてはならず、網羅的に実行されてはならない 。

* 2008-06-03 客引き防止で変わる繁華街

河北新報(仙台の地元紙で、今年の2月22日の朝刊17面に、監視カメラの特集で、私のコメントがでています。)によると、「悪質客引き減ったが… 閑古鳥なぜ鳴くの 郡山」との表題で、安全安心まちづくり政策の一環としての、客引き防止条例によって、繁華街が寂れていることが伝えられています。

 記事によると、「中心部繁華街での悪質な客引き「カラス族」を一掃しようと、福島県郡山市が客引き勧誘防止条例を4月1日に施行して2カ月が経過した。客引きは施行前の1割以下に激減するなど大きな成果を収めている。一方、客引きが姿を消すと同時に客足も落ち、「街がさみしくなった」と感じている関係者も少なくない。厳しい規制を敷いた条例が折からの飲食街不況に追い打ちを掛けた可能性も指摘され、関係者は頭を悩ませている。(郡山支局・石川威一郎)」とのことです。

 また、「客足が遠のいたためか、ここ2カ月ほどで、駅前地区で約30店の飲食店が閉店を余儀なくされたという。しわ寄せは酒の卸業者などにも及び、売り上げが半減した業者もいると指摘されている。」そうです。

 繁華街を活性化するためとして、中洲でも客引きを厳罰化したり、監視カメラを設置したりしました。

 しかし、中洲に来る客が減ったのは、客引きを嫌がる人が多かったり、そこで犯罪が多発しているせいでしょうか。

 今は、何か問題があったときに、その原因を科学的・客観的に検討し、それに対する対策を立てるということができる人・団体が自治体や国も含め減っているのではないでしょうか。

 長引く不況で足が遠のいているのが原因なら、客引きを厳罰化しても、監視カメラを設置しても、繁華街が活性化するとは考えられません。

 また、そもそもこのような政策は、仮に効果があるとしても、それと、制圧する人権の価値とを常に比較しなければ、結果としてはより窮屈な社会になるだけであり、疑問です。

* 2007-07-21 「監視カメラとまちづくり」シンポ

 7月21日午後1時30分より、福岡県弁護士会館3階で、福岡県弁護士会と九州弁護士会連合会の共催で、人権大会のプレシンポとしての「監視カメラとまちづくり」シンポを行いました。

 「治安政策としての『安全・安心まちづくり』」という著書を出された清水雅彦先生の生活安全条例に関する講演と、福岡大学名誉教授石村善治先生によるドイツの監視カメラ規制に関する講演のあと、青パト(青色パトロールカー:民間団体が走らせるパトロールカー)を走らせ始めた青年会議所の担当者、福岡県防犯カメラ活用検討会議の会長である木村俊夫教授、清水先生、主催者側として私がパネリストとしてパネルディスカッションを行いました。

 清水先生の話も分かりやすく、パネルディスカッションもかなり白熱しました。

 カメラの設置・運用をめぐる議論としては、県が、設置は規制せず、運用だけ規制すればよいのだというガイドライン方式を進めようとしていることについて、私の方からは、「公道に対する設置の基準は不要なのか。シンポの趣旨としては必ずしも穏当ではないが、子どもの安全を守るためと称して、一市民が小学校の校門に対して監視カメラを設置して24時間録画し続けたらどうか。PTA会長ならよいが、小児性愛嗜好のある人ならダメと言うことになるのか。感情ではなくて、論理によってルールを決めるべきではないか。」「カメラの設置者は善意だから警察への第三者提供等の運用を一任してよいか。よいことと思って、警察の要請のままに画像が提供されると、集会参加者の画像すら流出する危険がある(上川端商店街の隣は、メーデー会場)。」と問題提起をしました。

 木村教授は、「活用会議は、もともと活用ありきだった。8回は議論すべきだと思ったが、最初から3回で、締めきりの時期も区切られていた。監視カメラを市民が監視する仕組みが必要。」と述べました。

 新潟の齋藤弁護士から、公権力による市民情報の収集自体の問題点として、防衛庁リスト問題と、陸上自衛隊の問題、青法協の宿泊者名簿事件について、会場発言をいただきました。

 なお、県弁と九弁連共同の宣言(具体的にその場所で起こりうる犯罪の軽重や蓋然性を度外視し、抽象的な『安全』や、単なる主観にすぎない『安心感』のために人権を制約することは許されない。警察が、監視カメラを設置している団体に対して任意に情報提供を求めうる範囲は、少なくともそこで起こった犯罪に限定し、その他の場所で起こった犯罪のための情報は、令状に基づいて取得されるべきである。福岡市は、監視カメラの設置・運用に監視、適正手続きやプライバシー権に十分した条例を定めることなく、該当への防犯カメラの設置・運用を自ら行ったり公金を支出すべきではない。等)を採択しました。

* 2007-07-14 久保大さん講演

 7月14日の、福岡県弁護士会人権擁護委員会合宿で、「治安は本当に悪化しているのか」の著者である久保大さんから講演を頂きました。

 久保さんは、東京都が、治安政策を強化したときの治安対策担当部長だった方で「治安が悪化している」「特に少年犯罪と外国人犯罪が激増している」という東京都の認識に、統計学的な根拠がないことを明らかにしています。

 講演の中では、現在、監視市場において、カメラメーカー、電機メーカー、コンピューター産業が、しのぎを削っていること、そのため、数年前とは比較にならないほど鮮明なコンビニ監視カメラが登場しており、顔情報どころか、誰が何を買ったかについて、POSシステムによらず、カメラの映像だけでも追えるほど発達している現状などが報告されました。また、画像の蓄積と検索が容易になっており、イギリスなどを中心として、「不審者捜し」のための研究開発が進んでいる情報なども報告されました。

 また、監視カメラの有用性を前提として、公的機関が適切に管理するという枠組みが進められてきたにもかかわらず、警視庁成城警察署のように、一般市民が設置する建前になってしまうと、公的機関に対する市民による統制が聞かなくなってしまうのであり、誰もチェックできなくなる危険が増大するという指摘がなされました。

 また、短期保存を前提とした運用のチェックに対しても、長期保存と何かあったときの検索という枠組みが技術上容易になったことから、今後は適切な運用に対する歯止めが困難になるとの指摘がありました。

 御著書の中でも、警察庁が、予算獲得のために戦後数十年間、一貫して毎年犯罪が激増しているとか、治安が悪化していると言い続けたことが、突然近年になって具体的な検証もなくメディアにそのまま取り上げられ、それが世論になっていることに疑問を呈しておられます。私も、警察のような権力機関の言うことに対して、メディアが検証なしに鵜呑みにして宣伝を続けていく構図自体に危険を感じます。