電子社会における監視カメラ問題 *電子社会における監視カメラ問題:「自由と正義」(日弁連が編集し、全国の弁護士に配布する雑誌)の2009年5月号に掲載されたものです。 目次は以下の通りです。 Ⅰ はじめに Ⅱ インターネット上の監視カメラ問題 1 ウィルコムの定点設置型カメラ・センサーネットワーク 2 グーグル社のストリートビューサービス 3 Web-camera網 4 技術革新と法律家の責任 Ⅲ 公権力が市民の行動をとらえうる監視カメラネットワークの構築 1 顔認識システムの導入 2「3次元顔画像データベース」との検索照合 3 検索照合のインフラとなる監視カメラの設置状況 (1) 警察が自ら設置し、または設置勧奨している街頭監視カメラ (2) 自治体が設置する街頭監視カメラ (3) 私人が設置する街頭監視カメラや、施設内監視カメラ Ⅳ 法律による規制の必要性 電子社会における監視カメラ問題 武藤糾明 Ⅰ はじめに 監視カメラ問題については、2004年に九弁連、2006年に近弁連により、それぞれプライバシー権保護の観点から、設置基準の策定や第三者機関によるチェック体制の確立を含めた規制立法を求める宣言が出されている(注1)。2007年には、九弁連と福岡県弁護士会から共同で、上記に加え、令状主義の観点から、警察への画像提供の規制を含めた立法を求める宣言が出されている(注2)。 本稿では、このような監視カメラ問題について、電子社会との関係で新たに生じている問題点を指摘し、その設置・運用を規制する法令の必要性について論じる。 Ⅱ インターネット上の監視カメラ問題 1 ウィルコムの定点設置型カメラ・センサーネットワーク ウィルコム社は、2008年7月28日、同社が主体となって設立した「BWAユビキタスネットワーク研究会」で、同社が全国に設置している16万カ所のPHS基地局に、高解像度カメラや映像ネットワークを取り付けることで、市街地の防犯や災害状況などの観測、天候・環境情報の収集、リアルタイムな交通状況把握、企業における機器・店舗状況の確認を目的とする、広範な定点設置型カメラ・センサーネットワークの提供を行うとの計画を発表した。同研究会は、「利便性と安心・安全のトレードオフ」はどこか、インフラをどう使うのか、議論を重ねる予定とされる(注3)。他方、実施時期については、2009年4月に一部エリアでの試験サービス、10月に全国を対象にした商用サービスを開始する予定の次世代PHSと並行して展開する予定とされている。 このようなカメラの設置場所、方向、解像度によっては、一人一人の市民の容ぼう等が明瞭に識別可能な形での撮影行為や、公表行為が実施される可能性がある。 2 グーグル社のストリートビューサービス 2008年8月5日、Google(グーグル)社は、「Street View(ストリートビュー)」機能サービスの提供を開始した。これは、東京、大阪など12都市について、グーグル社のホームページ上で、地図の道路上のある地点を指すと、同社が撮影専用自動車で移動しながら撮影したその地点での360度の画像が見える機能で、主要道路に限らず、住宅街の狭い道路をも対象とした広範囲の画像が撮影・公表されている。そのような撮影を意識しない多数の市民が写っており、中には、ラブホテルに入る寸前のカップル、立ち小便をしている男性、路上でキスをする学生等も含まれていた。 これらは、原則として正面の顔画像はぼかしがかかっているものの、撮影場所が明確に特定できるため、対象者を知っている人には、対象者の特定が可能である。また、顔にぼかしがかけられていない人の画像も散見されるほか、カメラの位置が歩行者の視点より約1メートルも高いため、通常であれば塀によって遮られる民家の中をのぞき見る形式の画像も散見される。また、恥ずかしい画像を集積したホームページが二次的に多数作成され、さらに多くの人の好奇の目にさらされている。 このサービスは、遠隔地の画像が簡単に見られるという便益をもたらすものの、このような多数の市民に対するプライバシー権侵害を強いても仕方がないといえるほどの対立利益があるとは言えないとの観点から、サービスの提供をひとまず中止すべきとの会長声明が複数の単位会において出されている(注4)。 全国の自治体で、地域住民の住宅情報が同意なしに公表されること等を問題として、国に対し、法令による規制を求める意見書が採択されている(注5)。 3 Web-camera網 私企業等が設置した街頭監視カメラの画像をインターネット上で常時中継しているホームページが存在する(個々のカメラをWeb-cameraという)。その中には、インターネット経由でカメラの向きやズームアップの指示を誰でもできるものもある。このような監視カメラを、全都道府県単位で検索できるようにしたホームページも存在する(注6)。 これらのカメラからのぞくことのできる市民の容ぼう等は、現時点では画像が粗いため明確な識別は困難なようだが、技術革新による機器の高度化・低廉化により、明瞭な識別が可能になれば、肖像権侵害が起こりうる。 4 技術革新と法律家の責任 日弁連情報問題対策委員会は、2008年11月21日、ストリートビューに関する緊急集会を開催した。平松毅教授は、具体的に特定された正当な利益を保護するための撮影の必要性が必要であり、かつ、制限される撮影対象者のプライバシー権よりも、その利益が上回っていること、つまり利益衡量が必要であると指摘された。また、ドイツでは連邦データ保護法6B条のビデオ監視規定により規制されるとし、日本でも同様の法規制が必要とされた。 参加した技術者、記者などからは、インターネット上の個人情報利用全般に対して、問題をはらむ技術の発展に法律や法律家が追いついていないのではないかという厳しい指摘と活発な議論がなされ、現状を容認する意見は出されなかった。 高速度通信技術の発展、及びそのインフラの普及、さらには監視カメラ機器や記録媒体の高度化・低廉化に伴い、公共空間における市民の容ぼうや姿態、行動、表現活動の「可視化」が、実現可能なものになろうとしている。 普通の市民が眉をひそめるような、人権との衝突が避けられない技術の実用化にあたって、十分な法的検討や国民的議論がなされていない。 人権擁護のプロフェッションたる弁護士団体は、一部の技術者による既存の法秩序への挑戦に対し、沈黙を守るのではなく、堂々と問題提起を行い、国民的議論に貢献する必要がある。すなわち、プライバシー権や市民の表現の自由等の人権を守るための意見公表を時期を失さず行うことが「法の支配」の観点から求められている。 Ⅲ 公権力が市民の行動をとらえうる監視カメラネットワークの構築 1 顔認識システムの導入 顔認識システムとは、監視カメラで撮影された被写体から人の顔の部分を抽出し、目、耳、鼻などの位置関係やパーツの特徴を瞬時に数値化し、あらかじめデータベースに登録された「要注意人物」の顔データベースとを自動的に照合するものである。 日本でも、2002年に、成田空港と関西空港の税関には、顔認識システムが導入されている。2006年5月には、霞ヶ関駅構内において、「鉄道を標的としたテロを防止するため」と称して、国土交通省により、顔認識システムの実験がなされた。 現在の監視カメラは、画像がデジタル方式で記録されるため、顔情報も劣化させず長期間大量に保存できる。検索も容易であり、「顔認識システム」を組み込めば、膨大な録画画像の中から、特定人物の行動を逐一捕捉することもできる(注7)。 2「3次元顔画像データベース」との検索照合 内閣府は、2007年6月1日「イノベーション25」を閣議決定した(注8)。 2025年の日本社会の目標として、「高度な認証技術や自動検知システム、ICタグやセンサ等が、港湾、空港等それぞれの施設環境に合わせて活用されることにより、テロの未然防止のための保安体制が確立されている。」ことや、2010年頃までの研究目標として、「3次元顔画像データベースによる犯人顔画像検索照合システムモデル構築」が掲げられている。 これを受け、東京都は、「『10年後の東京』への実行プログラム2008」を策定し、2008年度以降3カ年の事業展開として、「テロリストや指名手配犯を迅速・確実に検挙するために、写真等の2次元顔画像を立体画像に変換した3次元顔形状データを警視庁のサーバーに登録し、防犯カメラ等で送信された顔画像と登録データとを自動照合できるシステムを開発する。」ことや、「3次元顔形状データベース自動照合システムを活用した取り組みを試験的に実施する」ことを決めた(注9)。 つまり、政府・東京都は、顔認識技術を応用した顔画像検索照合システムを開発し、監視カメラがとらえた市民の画像情報を集積し、これをチェックすることのできる監視カメラネットワークの構築を目指している。 3 検索照合のインフラとなる監視カメラの設置状況 (1) 警察が自ら設置し、または設置勧奨している街頭監視カメラ 警察が自ら設置する街頭監視カメラの状況は、①街頭監視カメラが2008年3月末現在、10都府県において363台(都府県警察)、②スーパー防犯灯が、16都道府県20地区に計240台(警察庁)、18都府県69地区に、512台(都道府県警)、③一部で運転席と助手席に乗車するものの顔情報も記録できるNシステム(自動車ナンバー自動読み取り照合カメラ)は、2007年度末で少なくとも776台である(注10)。また、①のうち、新宿歌舞伎町の監視カメラ(2002年運用開始、現在55台)では、撮影された画像は、電話回線を通じて歌舞伎町交番から新宿署と警視庁本部へ転送され、録画されるとともにモニター監視されている。 新聞報道によると、2005年秋以降、世田谷区で、警視庁成城署の呼びかけによる住民の費用負担による住宅街への監視カメラの設置が進み、2007年6月には、480台に達した。八王子市でも、警視庁八王子署の呼びかけで、同様に住宅街に350台(2007年7月)の監視カメラが設置され、2009年度までに1000台にする目標が掲げられている。 (2) 自治体が設置する街頭監視カメラ 現在、全国の自治体において生活安全条例が制定され、マンションや商店街等における監視カメラの設置が、国庫や自治体予算の投入を伴いつつ推進されている。 千葉県市川市は、2009年2月、市内全域に監視カメラを設置して、市役所で一元管理できるネットワークの運用を開始した。 (3) 私人が設置する街頭監視カメラや、施設内監視カメラ 警視庁によれば、都内の街頭監視カメラは、官民合わせて約2570台、店舗内監視カメラは約8万台とされる(注11)。 全国には多数の監視カメラが設置されており、顔認証システムによる検索・照合の基礎となりうる市民データの収集量は、おびただしいものである。 Ⅳ 法律による規制の必要性 官民の監視カメラの設置・運用のあり方を定めた法律は存在しない。条例も、市区レベルで数えるほどしか存在しない。都道府県で、監視カメラの運用ガイドラインを定めているのも、日弁連情報問題対策委員会の照会に回答した40都道府県のうちわずか10道府県にすぎず、また、既存の条例やガイドラインでも、令状主義の観点からの厳格な定めは存在しない。そのため、現状では、何らかの犯罪が起こった場合、令状に基づかず大量の市民データが警察に任意提供されている。 今後は、常時市民の行動データを警察または警察と共同した自治体に集中し、自動的にチェックする体制が確立される可能性が高い。 監視カメラによって制約を受ける権利は、肖像権・プライバシー権だけでなく、集会やデモ行進を行う市民の表現の自由や、事実上令状主義を潜脱しうるという意味において、適正な手続きを受ける権利にも及ぶ。「捜査のために必要で相当な範囲で」監視カメラ網が「適正に」利用されれば、警察が政府批判をする市民をねらい打ちにしてビラ配りや政府への抗議行動等を検挙することは、極めて容易になるだろう(注12)。 ドイツでは、1983年の連邦憲法裁判所による国勢調査事件判決において、自分の情報がどう結合されるか分からない場合の弊害として、「人と違った行動様式がいつでも記録され、情報として永続的に蓄積され、利用され、伝達されることに不安を感じているものは、そのような行動によって目立つことを避けようとするだろう。」として、集会の自由や表現の自由の萎縮は公益をも侵すと指摘されている。 日弁連は、2007年の人権大会第1分科会シンポジウム「市民の自由と安全を考えるー9.11以降の時代と監視社会ー」の宣言として、「安全安心まちづくり条例」による警察と連携した監視カメラの設置の問題点や、個人情報の統合、特に警察が市民の生活や思想を監視することを防止する必要性を指摘し、個人情報に関する第三者機関の設立を提言している。基調報告書においても、監視カメラに対する法規制が提言され、パネリストの木下智史教授も、提言を支持されている。 民主党マニフェスト2007は、「新たな捜査手法の導入にあたっては、人権に配慮し、市民社会の本旨に反することがないよう運用のルールをしっかりと定めます。また防犯カメラ・Nシステム(自動車ナンバー自動読取装置)・DNA鑑定捜査等については、個人情報保護の観点から、設置・運用についての法律の制定を含めた検討をすすめます。」と定めている。 「気がつけば、警察が自由自在に画像を収集利用できる監視カメラだらけの国だった」という事態になる前に、専門家団体である弁護士会として、法律の立案を伴う積極的な提言を行うことが求められている。 (注1)2004.10.29 九弁連宣言「監視カメラの設置及びデータ利用の適正化のために」、2006.11.17 近弁連「強まる監視社会に対して個人の尊厳と市民的自由の確立を求める宣言」 (注2)2007.7.21 九弁連、福岡県弁護士会「監視社会を招かないためのルール確立を求める宣言」 (注3)http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0807/28/news100.html 「利便性」と「安心・安全」はいずれもプライバシー侵害の正当化事由とされており、歯止めにはなりえないのではないかとの指摘もある。 (注4)2008.12.1 福岡県弁護士会「ストリートビューサービスの中止を求める声明」、2008.12.24 新潟県弁護士会「ストリートビューに対する会長声明」 (注5)東京都町田市、札幌市、神奈川県相模原市、大阪府茨木市、高槻市、奈良県生駒市などの市議会。なお、杉並区も、プライバシーへの配慮や適切な対応をグーグル社に申し入れた。 (注6)http://www.wcmap.net/pc/index.html (注7)そもそも、1994年5月以降、免許証作成時に撮影される顔写真データはデジタル化して保存されており、運転免許保有者7600万人の顔情報は存在する。 (注8)http://www.kantei.go.jp/jp/innovation/saishu/070601.html (注9) |