* ストリートビュー訴訟控訴審第1回口頭弁論期日(2011.8.5)

 2011年8月5日14:00から、福岡高裁第2民事部(森野裁判長)で、グーグル社のストリートビューサービスの違法性を問う裁判の控訴審第1回口頭弁論期日が開かれました。
 この裁判は、第1審では、弁護士の選任がないまま本人訴訟で判決になり、原告の言い分が認められませんでした。20代女性が、自分のマンションに干していた洗濯物を、知らないうちに撮影され、世界中に公開された行為が、日本人の感覚からして、知られたくない情報を同意なく収集され、公表されたと言えるのか、つまり、洗濯物の情報が、他人に知られたくない情報といえるのかどうかが争点となります。
 以下、本日私が意見陳述で述べた内容です。

1 本件訴訟の重要性
 本件訴訟は、世界中で問題とされているグーグル社のストリートビューサービスの適法性を問題とする重要な裁判です。
 原判決は、言い渡し後まもなく、最高裁判所のホームページで公開されました。
 従って、最高裁判所も、原審裁判所も、本件訴訟が、プライバシー権に関する重要な裁判であることは十分承知していたものと思われます。
 しかしながら、判決を速やかに公表するのと同じぐらいの配慮が原審の審理で行われたと言えるのかは疑問です。
2 原審の審理経過
控訴人は、昨年10月13日に提訴しました。知的障害のハンディキャップを持ちながら、弁護士を頼まず、自分だけの力で裁判を行ってきました。
 原審では、昨年12月に第1回口頭弁論期日が開かれ、今年1月に弁論準備期日が開かれた後、今年2月には結審し、3月に判決が言い渡されています。
 この間、原告本人尋問その他の実質的な証拠調べは行われていません。
提訴から判決言い渡しまでわずか5ヶ月、障害を持つ控訴人の主張整理に要した時間を考慮すると、原審裁判所が、控訴人の主張を真摯に受け止めて審理を行ったのか、重大な疑問があります。
3 原判決の問題点
そもそも、原判決には、重大な欠陥があります。
 控訴人は、自分が知らないうちに自分の下着を含む洗濯物が撮影され、世界中に公表されたことを知り、自分が常に誰かに盗撮され、監視されているのではないかという強迫性障害に陥りました。
 控訴人は、原審において、自分なりの言葉で懸命にそのことを訴えています。
 原判決自身も、控訴人の主張を、以下のようにまとめています。
 「本件は、原告が被告によって、原告の住居のベランダに干してあった洗濯物を盗撮されたことにより、精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。」
 しかしながら、原判決は、洗濯物の撮影行為が行われた日時や撮影方法について、何らの審理も行うことなく、従って、何らの具体的事実認定も行うことなく、原告の請求を棄却しています。
盗撮行為という不法行為が一体いつ行われたのか、グーグル社は、どのような方法で、どのような解像度で密かに控訴人の私生活に関するプライバシー情報を取得したのか、という本件訴訟の最大の争点について、一切明らかにすることのないまま、障害を持つ控訴人の請求を棄却しました。
さらに、原判決は、控訴人がインターネットカフェのプリンターでプリントアウトした画像だけをもとにして、「この画像からは、映っているのが洗濯物かどうかはよく分からないのだから、プライバシー侵害とは言えない」と断言しました。
しかしながら、本件は、そもそも盗撮行為自体が不法行為だと控訴人は主張しているのであり、グーグル社が、どのような解像度で控訴人の下着を含む洗濯物を撮影し、他人に知られたくないプライバシー情報を収集したのか、が問われています。
 グーグル社が収集した画像の解像度を全く解明しないまま、「たいしたプライバシー侵害はなかった」と断言できる根拠はあり得ません。
 そもそも、この画像を勝手に世界中にばらまかれてしまったという不法行為について判断するとしても、ただのプリントアウトされた画像だけで判断することは不十分です。
 グーグル社が、実際にインターネット上で公開した画像は、プリントアウトされた画像よりも高画質だったことは明らかです。
 インターネット上でどのように見えたのか、そこで洗濯物と判断できたのかどうか、が無断公表行為の違法性判断に不可欠の情報となります。
 原判決は、①デジタル画像をプリントアウトすると、画質が劣化するという初歩的な知識を持ち合わせないまま漫然と判断したのか、あるいは、②そんなことは当然に知っていたけれども、控訴人が提出した証拠がプリントアウトされた画像である以上、真に公表行為の適法性を判断しなくても控訴人を負けさせてよいと判断して、この点を無視したのは分かりません。
しかし、いずれにせよ、撮影行為と公表行為という、被告の不法行為の根幹部分について、その法的評価の前提となる単純な事実を確定する責任すら放棄して、控訴人に三行半の判決を言い渡したことだけは明らかです。
4 控訴審での充実した審理を
グーグル社のストリートビューサービスは、2007年にアメリカで始められました。
 その際、人の顔にはぼかしがかかっていませんでした。そのため、ストリップクラブから出てくる男性や、産婦人科の前で中絶反対のプラカードを持っていた人の顔もそのまま公表されました。しかし、そのことに関する訴訟は1件も起こっていません。
 アメリカでは、公道における肖像権は保障されていないからです。
 しかし、グーグル社のサービスは、世界中で軋轢を生んでいます。
 スイスやドイツなどでは、グーグル社が自由に家屋を撮影すること自体を禁止している例があります。
 我が国では、京都府学連事件判決以降、公道においても肖像権は保障されています。
同意なく撮影するためには、正当な理由と、プライバシー侵害を上回る公益性が存在しなければなりません。
 我が国でサービスが開始されて以降、全国40の地方議会等で、サービスに反対する意見書等が採択されています。
 だれも、無防備な自分の生活を、事前説明もなく突然撮影されて世界中に公開されたいと望む人はいません。個人差があるのは、気になるのか、気にならないのか、その程度だけです。
 下着を含む洗濯物が、一般に他人に知られたくない情報かどうか、が、本件における争点であり、そのことは、全国40の地方議会に結集した普通の市民の違和感・不快感と全く同じ性質のものです。
 原審判決が、最高裁判所のホームページで公開されているのは、我が国におけるプライバシー権に関して重大な影響があると自ら評価しているものと思います。
 そのような姿勢に見合うよう、少なくとも、控訴人が発した基本的な問いに答える真相解明が必要不可欠です。
 また、控訴人には障害がありますが、それを理由にして審理をないがしろにすることは絶対に許されません。
充実した審理を通じて、我が国の市民のプライバシー権を保護するという、司法の重要な役割に立ち返って、真に控訴人の発した問いに答え、真摯に向き合う姿勢を示されるよう強く求めます。
以 上