住基ネット差し止め福岡訴訟控訴審

*2008年4月28日

10:30から、福岡高裁で、住基ネット訴訟の結審弁論が開かれました。

弁護団の村井団長、原告の石村善治先生、矢野さんが意見陳述を行いました。

最高裁判決が前提事実としている、大阪高裁判決結審時以降に愛南町等の漏洩事件が起こっていること、しかも、福岡高裁においては、自治体の現場におけるセキュリティーが脆弱であることが明らかになっていることなどから、最高裁判決にかかわらず、厳格な判断がなされるべきことなどが訴えられました。

判決言い渡し期日は、9月29日13:30に指定されました。

憲法上の「法の支配」をになう裁判官の良心に基づく判断を期待するところです。
(弁護士武藤糾明)

*2008-03-06 住基ネット訴訟最高裁判決

 13:40から、最高裁で、住民らの住民票コードの削除を命じた大阪高裁判決(平18.11.30)に対する上告審判決が言い渡されました。私は、第1小法廷の代理人席でこれを聞きました。

 判決は13頁ですが、原審判決が確定した事実の概要と、原審の判断の要約だけで8ページ以上に渡っており、最高裁の判断部分は、わずか4ページしかありません。

 原告らが求め、多くの地方裁判所、高等裁判所が、その存在自体を認めた、憲法13条に基づく自己情報コントロール権について、「憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由のひとつとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示または公表されない自由を有するものと解される。」として、京都府学連事件参照としています。

 これは、自己情報コントロール権のうち、情報の収集制限、目的外利用の制限などを無視して、第三者提供というごく一部についてしか認めないもので、その姿勢は国民の権利を可能な限り保護したくない、行政機関の自由な政策の方を積極的に保護したい、という萎縮した判断です。

 しかも、住基ネットで取り扱われる個人情報は秘匿性が高いとは言えない、住民票コードも、「上記目的(住基ネットによる本人確認情報の管理、利用等)に利用される限りにおいては、その秘匿性の程度は本人確認情報と異なるものではない。」といいました。しかし、「ちゃんとみんなが守っていれば、つまり、漏れないのなら、守る必要性が高い情報ではない、」という論理は明らかにおかしいでしょう。

 本来、「秘匿性の程度が高いので、住基ネットの目的以外に利用されないかどうかを厳格に判断する必要がある」はずなのに、「管理方法が厳格なら、権利性は薄くなる」、という論理は、健全な市民の常識に反しています。

 管理方法についても、国が説明するとおり、通り一遍の法規定や制度設計だけを検討して十分だとしています。

 大阪高裁判決は、自衛隊適齢者情報のデータマッチングをとらえ、これを防止できない体制では、データマッチングの危険性があると指摘しましたが、最高裁は、「住基ネットの外で行われているデータマッチング」が違法かどうかは、住基ネットとは関係がなく、「住基ネットを使ったデータマッチングがされる具体的危険」を示す証拠はない、と、切って捨てました。

 もちろん、愛南町や北秋田市などで住民票コードが漏洩した事実があるのに、情報漏洩の具体的危険はないと堂々と宣言してます。

 最高裁は、「法の支配」のための砦です。

 多数決民主主義(改正住基法)で不当に傷つけられた少数者(国家から背番号を付けられたくない人)の権利侵害があるかどうか、それが、やむをえないかどうか、を真剣に審査して、少数者であっても権利を保護すること、仮に保護しない結果となっても、国民に納得のいく理由で説得することが求められています。

 この判決は、その役割を放棄した、最悪の判決と言わざるを得ません。

 なお、私は、司法修習生となるための健康診断の時に、裏口から入って以来13年ぶりに、今度は初めて正門から最高裁判所に入りました。多くの弁護士は、弁護士登録後、最高裁には入ったことがないか、多くても数回しかないでしょう。

 判決を聞く前に、代理人1人1人の座る席が間違っていないか、2回も確認されました(高裁までの裁判所では、坐る位置などをチェックされることなどあり得ません)。

 ドイツ連邦憲法裁判所は、市民に開かれた存在です。調査官、副長官に対する私たちの聴き取り調査をしている様子も、「外国人が調査しているところです、」といって、ドイツ人の訪問者に見せていました。

 普通の国民ばかりか、弁護士すらも容易に寄せ付けないわが国の最高裁判所の姿は、国が市民や弁護士を管理することなど当たり前だ、という判断姿勢を象徴しています。

* 2008-02-07 住基ネット差し止め訴訟証人尋問

13:10から、住基ネット差し止め福岡訴訟で、4つの自治体の住基ネット担当職員の証人尋問が実施されました。

 私は、この中でも特にセキュリティに問題があると思われる町の職員に対して、弁護団の持ち時間の約半分をもらって尋問を担当しました。

 調査嘱託に対し、「セキュリティポリシーが存在しない」と回答した職員は、「町役場の個人情報全体に関するセキュリティポリシーのことを聞かれたと思ったのでないと答えたが、住基ネット独自のものは存在する。当時は誤解して回答した。」と証言しました。

 住基ネット担当者で、住基ネット訴訟の調査嘱託の回答を行ったものが、住基ネットのセキュリティポリシーがあるかどうかも認識がなかった、1度読んだことはあるし、住民課(自分の課)が原本を保管しているが、回答時には思いつかなかったということでした。

 また、パッチあてについても、「4年分のうち2年分しか回答しなかったが、それは、住民課にある分が2年分だっただけであり、あとで調べたら、総務課に2年分あった。」という証言でした。

 他の町でも、調査嘱託に回答を行った住民課職員が、「セキュリティポリシーの遵守状況は総務課の担当なので、分かりません。」「セキュリティ体制を管理する責任者が、住民課長なのか、総務課長なのかは分かりません。」と証言するなど、自治体の現場における住基ネットの情報セキュリティは、予想以上にひどい体制であることが判明しました。

多くの自治体では、住民票を取り扱う住民課の方が伝統もあり、格上にあるのに対し、コンピュータセキュリティを取り扱う部門(情報政策課、総務課など)は、後塵を拝しており、縦割りになってしまっていて、相互の交流が不十分です。責任の所在もあいまいで、どの部門がどのように情報セキュリティを監督するのか、という根幹を定めるセキュリティポリシーすら、裁判所の調査に対して的確に回答できていないのですから、ほとんどの自治体では、セキュリティポリシーは、少なくともその内容は担当者に周知されておらず、従って、遵守されているかどうかは確認のしようもない状況と思われます。

* 2007-11-15 住基ネット訴訟最高裁弁論期日指定

1 最高裁第一小法廷は、2006年11月30日に出された、住基ネット差し止め大阪訴訟の高裁判決について、上告事件の弁論期日を、2008年2月7日13:30に指定しました。

これは、住基ネットを違憲であると判断し、原告の住民票コードの削除を求めた大阪高裁判決を覆すことを意味しており、極めて不当です。

最高裁が期日を指定するということは、もとになっている判決を変更することを意味しています。これは、最高裁の運用において、事実上定着しているもので、もとになっている判決を変更しないまま上告を棄却する場合には、特殊な例外を除いて、弁論を開かないままで判決が出されます。

これに対し、もとになっている判決を変更する場合には、必ず弁論が開かれます。つまり、弁論が開かれるということは、原判決を破棄し、それとは異なる判断を下す、という意味になります。

 問題なのは、最高裁第一小法廷には、大阪高裁判決だけではなく、一審の違憲判決を逆転させた名古屋高裁金沢支部判決や、一審の合憲判決を維持した名古屋高裁判決も同時に係属しているにもかかわらず、違憲判決だけを選び出して、弁論期日を指定していることです。

 特に、大阪高裁判決と、名古屋高裁金沢支部判決は、ほとんど同時期に出されており、争点は共通なので、最高裁第一小法廷は、「住基ネット訴訟の争点は理解した。違憲判決は変更して、二つの合憲判決は維持する。」という意思を表明したことになります。

2 大阪高裁判決は、たいへん画期的な判決でした。

 データマッチングの危険性について、以下のように述べました。

「法による制限が不十分である上、第三者機関が存在しないので、行政機関がデータマッチングや名寄せを含む目的外利用をしないための歯止めは不十分である。防衛庁適齢者情報収集問題では、自衛官募集に関する適齢者情報を提供していた市町村が多数存在し、このことは、住基ネットの本人確認情報を利用して当該本人に対する個人情報が際限なく集積・結合され、それが利用されていく危険性が具体的に存在することを窺わせる。

 住基ネット制度には個人情報保護対策の点で無視できない欠陥があると言わざるを得ず、行政機関において、住民個々人の個人情報が住民票コードを付されて集積され、それがデータマッチングや名寄せ等により、住民個々人の多くのプライバシー情報が、本人の予期しないときに予期しない範囲で行政機関に保有され、利用される危険が相当あるものと認められる。」

3 大阪高裁判決後も、愛南町事件が発生し、さらに行政機関によるデータマッチングが進展しています。

 全国弁護団は、これらの判決後の事情を十分考慮し、慎重に検討すること、憲法違反が焦点となっている事件であるから、大法廷に回付することなどを求めてきました。しかし、最高裁第一小法廷は、これらの事情を考慮に入れることなく、一年足らずという異例のスピードで、違憲判決だけを変更することを通告してきたのです。

福岡訴訟では、この弁論期日と同じ日に、自治体職員の証人尋問が行われます。福岡高裁は、愛南町事件を踏まえ、自治体のセキュリティーを検討する姿勢を示しています。

 全国で戦っている原告や裁判所を無視し、国民の憲法上の人権を左右する大事な判断について、十分な検討をする姿勢すら見せずに、行政に追随する姿勢を示した最高裁第一小法廷の判断は、不当と言わざるを得ません。

* 2007-11-12 住基ネット差し止め訴訟弁論

11:00から、住基ネット差し止め福岡訴訟で口頭弁論期日が開かれました。

 そして、2008年2月7日13:10から、福岡県下の4つの自治体の住基ネット担当職員の尋問が実施されることとなりました。これは、調査嘱託の結果、セキュリティに危険があると主張した私たちの証人尋問の申請について、高等裁判所がその必要性を認めたものです。

 全国の訴訟の中では、尋問等の証拠調べがなされている例は少なく、画期的なものです。今後、準備に邁進したいと思います。

 なお、当日私が行った意見陳述は以下の通りです。

1 改正住民基本台帳法自体が認めているデータマッチング

私は、住基ネット差し止め訴訟の札幌訴訟で証言をされた、民主党の河村たかし議員の陳述書及び証言に基づき、意見を述べます。

 今年の7月19日に、札幌地方裁判所で、河村たかし議員の証言が行われました。そこでは、住基ネットが、すでに国民総背番号として実際に機能を始めていることが明らかにされています。

 1999年に国会を通過した改正住民基本台帳法は、別表に記載された国の行政事務にだけ提供されるものとして、議論が行われてきました。

 しかし、それ以外に2つの抜け穴があることが示されています。

 ひとつは、都道府県の条例により、住民票コードを利用する事務を自由に増やせることです。このような抜け道が利用されれば、都道府県の警察に対して住民票コードを提供することさえ、国会の承認なしになされる危険があります。

また、市町村自体が自ら利用する事務には、どれにでも住民票コードが結合できます。

 住基ネットの稼働前には、同じ市役所の中でも、税金課や福祉課、住民課などは、一応個人情報の取扱いが別々に行われており、容易にデータマッチングをすることはできませんでした。そのような個人情報の取扱いは、行政処理からすれば不便かもしれませんが、分散していることによって、個人の全体像が明らかにされることが防止され、プライバシー権保護の見地からは、安全性は高いものでした。また、このような運用は、市町村の職員によって、十分に理解され、行政の利便性よりも、市民のプライバシー保護の方が大切であると考えられてきました。

 ところが、改正住民基本台帳法は、1条により、住民票コードを、市町村長が自由に使用できるようにしていました。そのため、市町村内で使用する分には、住民票コードを、小学校の学籍番号に利用したり、図書館の利用者カードのID番号に利用したり、市立病院の診療カードの番号としてカルテに記載したり、特別養護老人ホームの番号として利用したり、さらに市民税の徴収システムに利用することもできます。

 住基ネットの稼働を機に、1市町村1データベースに近い、巨大データベースが作成されてしまってところもあるようです。

 必要もなしに個人情報をデータマッチングすること自体、プライバシー権侵害であるわけですが、これに対する歯止めは、法律には全く存在しません。

2 最適化計画

 また、政府は、最適化計画という名の下に、1省庁1データベース化を進めています。

 2004年に方針が示され、2006年までに各省庁で具体化された最適化計画では、各省庁において、それぞれ行政事務ごとに分けられているデータベースについて、1省庁1データベースにすることが進められています。さらに、それぞれの省庁でのデータの処理方法を共通化し、1省庁1データベースとなった情報を、全部の省庁において、霞ヶ関WANと、LGWANと呼ばれるネットワークのもとに、いつでも自由自在に参照できる体制が構築されようとしています。

 具体例を指摘すると、法務省は、2005年4月6日、最適化計画を決定し、本省と、法務局、検察庁、刑務所、拘置所、少年院、保護観察所、地方入国管理局などの所掌する各庁のデータベースをひとつにする法務省WANと、これらを専用回線で接続したネットワークを構築することを決めています。

 これにより、ある1人の外国人について、すべての履歴を集積、管理することが可能となっています。

 しかも、これは、同じ法務省内に存在する公安調査庁がアクセスすることについて、特段の制限は設けられていません。

 すると、現在の行政機関個人情報保護法のもとでは、公安調査庁が、相当程度の必要性があると自ら判断し、自由にアクセスする危険性が高いものです。

この法務省WANが、霞ヶ関WAN、LGWANによって接続されれば、外部である警察庁なども、みずからが相当程度の必要性があると判断し、自由にアクセスする危険性が高いものです。

3 国民総背番号制

このような、1市町村1データベース、1省庁1データベースという個人情報の集中管理と、これらのデータベースの結合によるネットワークの形成は、住民票コードなくしてはあり得ません。

 国家が、行政の効率化、最適処理の目的で、国民の背番号を強制的に付するという仕組みは、かつてほとんどなされたことがありません。

 少なくとも、自由主義国においては、このような国家による国民管理がなされないための法整備が進んでいるにもかかわらず、この住基ネットは、全く別の方向性を示しています。

 裁判所におかれましては、適切な証拠調べの上、私たち1人1人が国家によって勝手に管理、監視されない自由な社会を維持する必要性をご理解頂き、原判決を破棄されるよう求めます。

* 2007-02-19 住基ネット長崎講演

18:30から、長崎市内で、「いやバイ住基ネット」という市民団体のお招きで、住基ネットの問題点と、大阪高裁判決の意義について講演しました。

 私は、最近は、住基ネットや監視社会の講演を頼まれることが多いのですが、必ず憲法改正の問題点を取り上げることにしています。

 それは、住基ネットも、国民が主人公の国から、国家が主人公の国に変える仕組みの一つだからです。

 民主主義が行われている近代国家では、国民が主人公で、国家は、その幸福を達成するためのしもべにすぎないので、国家が国民の幸福をそっちのけで税金の無駄遣いをし、談合をして、関連業者と一緒に懐を肥やしたりしないよう、主人公である国民が、権力を監視する制度がとられています。

 住基ネットは、逆に、国家が国民の上に立って、主人公として振る舞い、国民を監視し、国家の意に添わない国民をあぶり出す仕組みとしか考えられません。

 東京都は、教員に対し、日の丸君が代を強制する意向を明白にし、この、「意に添わない」教師を懲戒し、その考え方を改めるよう生活を脅かしてまで強制しています。すでに、公権力の一部である自治体の中に、国民より上に立って、国民の嫌がる行動を強制するところが出てきているわけです。

 ただし、このような東京都の処分に対しては、一部の裁判所は、憲法違反で無効だと判断しています。

 憲法を改正すれば、裁判所がこのような判決を書くことはほとんど期待できなくなるでしょう。

 それは、自民党が作成している「新憲法草案」は、国民よりも、公益(その最たるものは、国家の利益に他ならないでしょう)を尊重する国家を目指すことを明らかにしているからです(憲法13条の改正)。

 自民党の予定通りに憲法改正がなされれば、裁判所も、国民よりも国家の意向を尊重せざるを得なくなり、ほとんど、国家や自治体の行為を違法とすることはなくなってしまうでしょう。

 大阪高裁判決は、国民が主人公であることを認めた、その意味では当たり前の判決ですが、たいへん貴重な判決であり、まさに現行憲法の賜物と言うべき、世界に誇れる名判決なのです。

 憲法13条が改正されると二度と見ることができない、絶滅寸前の名判決なのです。

* 2007-02-05 調査嘱託が採用されました(住基ネット訴訟)。

 今日、13時30分から、住基ネット福岡訴訟の控訴審弁論が行われ、弁護団の近藤弁護士(大阪高裁判決の意義)と、私(調査嘱託の必要性)から意見陳述を行いました。

 そして、2006年10月20日に申し立てていた調査嘱託が採用されました。

 この調査嘱託は、福岡市内の、控訴人らの居住している市町村と、その他の市町村あわせて14の自治体に対し、セキュリティーが遵守できているかどうかという問題と、利便性や行政効率性(経費節減)の効果があるかどうかという問題について、具体的質問項目に対する回答を求めるものです。

 違憲判断を行った原審を覆した名古屋高裁金沢支部や、合憲の原審を維持した名古屋高裁は、控訴審において、準備書面のやりとりと書証のやりとりに終始し、実質的な証拠調べは行われませんでした。

 福岡訴訟においては、証拠調べに進むこととなり、弁護団も、今後の積極立証に向けて意を強くしています。

 次回期日は5月21日11時に指定されたので、市町村からの回答をふまえ、じっくり検討していきたいと思います。

* 2006-12-11 住基ネット金沢判決

午前10時に、名古屋高裁金沢支部は、2005年5月30日に出された、金沢地裁の画期的な違憲判決を取り消し、住民の住基ネットからの離脱を認めない逆転判決を下しました。

 私は、金沢地裁の違憲判決に続き、今回の逆転判決にも立ち会いました。

 高裁判決は、住民票コードや、住所、氏名、生年月日、性別等の個人識別情報は、「特定の個人を極めて容易に検索することができるため、国家機関等の公権力が、これらの情報を媒介にして、その情報にかかる個人の私生活に関する情報を広範囲に収集し、そのことにより、その言動等を把握し、監視し、さらには、これに直接あるいは間接に干渉することが可能となることから、国民がそのことに対する危惧、不安を感じ、その言動(例えば、集会や市民運動への参加)を抑制するなどのおそれがないわけではなく、」として、その重要性を認めました。

 ところが、すぐに、識別情報が私的領域の情報でないことを指摘し、①行政側の正当な理由があり、②相当な方法である限り、同意はなくとも利用してよいという基準を定立し、そのあとわずか1頁で、住基ネットの正当性と利用方法の相当性をあっさりと認めて合憲としています。

 金沢地裁の緻密な判断(行政機関個人情報保護法の抜け穴などを指摘し、行政機関による目的外利用の制限が不十分と指摘した)を回避し、表面だけをなぞった行政追認の判断です。

 特にひどいのは、国会で「こうなるから行政効率化が図れる」と提示した資料(住基カードを国民の50%が保有する状態)が全く実現していない現状に関しては、「この点は、国または地方公共団体における行政事務の処理に関する立法政策または行政上の施策の当否の問題として、立法府または行政府が広範な裁量権を有する事項である」として判断を回避しました。この点こそが、住基ネットの正当性の欠如を示すものなのに、「目をつぶって行政府の言うことを信じろ」というに等しいお粗末な判断です。

 行政が、あるいは国会が国民の権利を侵害したときに、多数決に破れた少数者であっても、憲法の光に照らして救済する機関が、数の力と無関係に理性によって冷静に判断する裁判所の役割です。

 総務省や国会の判断が明らかに誤っていても、広範な裁量を認めるこの判決は、司法の責任を放棄したものというほかなく、「裁判所が法令審査に目をつぶる時代」を感じさせます。

* 2006-11-30 大阪豊中判決の概要

 11月30日、大阪高等裁判所で、住民の住民票コードの削除を認め、住基ネットからの離脱を認める画期的な判決が下されました。この判決の概要は以下の通りです。

1 権利について

 プライバシー権の重要性について、情報通信記述が急速に進歩し、情報化社会が進展している今日における、他者による個人情報の収集、利用状況の把握の難しさから、自己情報コントロール権の重要性が広く認識されているとし、住民票コードについては、検索、名寄せのマスターキーとして利用できるものであるから、その秘匿の必要性は高度であるとしています。

2 行政目的の存在

 そして、行政目的実現のために必要な範囲で収集、保有、利用等する必要があるとし、行政目的としての、付記転出届や、住民票の写しの広域交付等がほとんど利用されていないこと、行政経費削減効果は、転入届の50%が住基ネットを利用する前提だが、実際には0.2%以下であること、自治体に重い負担を課していることを指摘しています。

3 情報漏洩の危険性

 技術的なセキュリティーについての具体的危険まではないとしつつも、極めて基本的な事項について不十分な自治体があることを指摘しています。

4 データマッチングの危険性

 最も重要なのは、データマッチングの危険性で、提供事務が容易に拡大された経過や、住民票コードの提供を受ける、行政機関側のデータベース自体に対する制限がないことから、データマッチングが容易に行えるインフラが、住基ネットにより整備されたという点を正面から認め、データマッチングを防ぐための法整備がない点を痛烈に批判しています。つまり、行政機関個人情報保護法が、取得した個人情報の利用目的の変更を許していること、それに対する第三者機関によるチェックがないこと、住民票コードの利用拡大を適時に把握し、異議申し立てする機会がないこと、行政機関限りの判断で、相当な理由があれば、必要な限度で目的外利用や、第三者提供が可能であること、これに対する第三者機関の監視がないことから、少数の行政機関によって、行政機関全体が保有する多くの部分の重要な個人情報が結合・集積され、利用されていく可能性は決して小さくないとしています。

 さらに、平成15年に発覚した、自衛隊適齢者名簿提供事件が、名寄せの具体的危険を示すものであると指摘しています。

5 憲法違反

 従って、「行政機関において、住民個々人の個人情報が住民票コードを付されて集積され、それがデータマッチングや名寄せされ、住民個々人の多くのプライバシー情報が、本人の予期しないときに予期しない範囲で行政機関に保有され、利用される危険が相当あるものと認められる。そして、その危険を生じさせている原因は、主として住基ネット制度自体の欠陥にあるものと言うことができ、そうである以上、上記の危険は、抽象的な域を超えて具体的な域に達しているものと評価することができ、・・・住基ネットは、その行政目的実現手段として合理性を有しないものを言わざるを得ず、その運用に同意しない控訴人らに対して住基ネットの運用をすることは、その控訴人らの人格的自律を著しく脅かすものであり・・・控訴人らに保障されているプライバシー権(自己情報コントロール権)を侵害するものであり、憲法13条に違反するものといわざるを得ない。」と結論づけました。

 2005年5月の金沢判決以来のすばらしい判決です。

 日本でこのような判決が出されることは今や珍しいのですが、EU諸国であれば、当然の判決だと思われます。

 日本における個人情報保護の遅れと、国際水準からの逸脱について、政府は気がつかないふりをして、自由自在に個人情報を流用していますが、EU指令に合致しないことから、早晩法改正はさけられそうにありません。EUは、適切な個人情報保護法制の存在しない国とは、情報流通を禁止する意向を示しているからです。

 国民を国家の管理の客体にすることのできない、謙抑的な制度がない限り、住基ネットなどはおよそ合憲的に運用されることはあり得ません。また、そのような制度が設計されれば、住基ネットなどはそもそも有害であり必要がないことも明らかになります。

 当たり前のことを正しく指摘することに、たいへんな勇気がなくともよい、健全な社会にならないと、この国には未来はないのではないでしょうか。

 全国でもこの判決を生かし、国民こそが国政でもっとも尊重されるべきだという個人の尊厳が守られる憲法の大原則に合致した判決が得られるようがんばりたいと思います。